【黎明期】昭和20年(1945年)~昭和31年(1956年)
戦中戦後の動乱を乗り越えて
終戦とともに平和産業へ転換
当社の前身は「日窒化学工業(現旭化成)航材課」です。戦前は、主に軍需用木製飛行機の治具※を製造。当時の主材のロイドにベークライトを張り合わせる技術を開発する一方、飛行機の機体となる合板の生産も開始しました。
戦争も激化する昭和20年(1945)3月、宮崎県延岡市で「日窒航材工業(株)」を設立。しかし、日ならずして、終戦を迎えたため平和産業へと転換し、「旭ベニア工業(株)」と改称。昭和21年(1946)には、エポックメーキングな製品となるフェノール樹脂成形材料『AVライト』の製造を始めました。
※機械工作の際、刃物や工具を加工物の正しい位置に導くために用いる補助工具。治具と当てる。
フェノール樹脂と塩ビ製品の二本柱で
戦後の動乱の中、昭和22年(1947)、当社の第1号特許として「ベニア板接着剤製造法」を出願。合成樹脂を中心とする化学工業へと転換を図り、昭和25年(1950)現在の「旭有機材工業(株)」に社名変更。その後、昭和26年(1951)延岡に新工場を建設し、昭和27年(1952)には、世界で初めて硬質塩化ビニル樹脂によるバルブを上市しました。
昭和29年(1954)には、後に当社を代表する製品となるフェノール樹脂を用いた精密鋳造用シェルモードレジンの製造を開始。また公共事業第一号となる「門川町上水道工事」を受注し、昭和30年(1955)には工事課(現エンジニアリング部)を発足させ、配管工事分野にも事業を拡大しました。
黎明期の年表
| 旭有機材の年表 | 世の中の動き | |
|---|---|---|
| 1945年 |
日窒航材工業(株)設立 |
終戦 8月15日、ポツダム宣言を受諾し、日本の敗戦が決まった。 |
フェノール樹脂材料で単板の製造 |
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GHQの指令で旭ベニア工業(株)へ |
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| 1946年 | ![]() AVライト発売 |
天皇の人間宣言 天皇の神格化を否定する昭和天皇の言葉をラジオ放送。 |
| 1947年 | ![]() ベニア板接着剤製造法 |
日本国憲法施行 「基本的人権」を不可侵の権利として確立する日本国憲法が施行。 |
| 1950年 | ![]() 旭有機材工業(株)社名変更 |
朝鮮戦争勃発 北朝鮮軍が北緯38度線を越えて南下しし大韓民国と武力衝突した。 |
| 1951年 | ![]() 延岡工場建設 |
サンフランシスコ条約調印 日本が占領下から独立国として国際社会に復帰。 |
| 1952年 | ![]() 塩ビ成型品の販売開始 |
サンフランシスコ講和条約発効 GHQが廃止され、外国軍隊の占領から日本の国民は解放され、日本の主権が回復された。 |
| 1953年 | ![]() AVライトの販売体制拡充 |
10円硬貨発行 デザインは表が平等院鳳凰堂で裏が「10」と月桂樹。 |
| 1954年 | ![]() シェルモードレジンの販売開始 |
第1回東京モーターショー 東京・日比谷公園にて第1回東京モーターショーが開催。 |
![]() 公共事業第一号の水道工事受注 |
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| 1955年 | ![]() 工事課(現エンジニアリング部)発足 |
森永粉乳中毒事件 森永徳島工場で生産された森永ドライミルクに砒素が混入、死者130人 |
| 地方企業から全国規模の企業へと発展 |

